それは突然やってきて、一瞬にして去っていった。─ スターラインズII 体験記

投稿日:2009年12月20日 | 最終更新日: 2020年10月25日

2009年11月13日から18日までの5泊6日、熱海で開催されたスターラインズII(SL2)に参加しました。
ヘミシンクのワークを始めてから、本当に初めてと言っていいような、至高体験(Peak Experience)を経験しました。
「轟音と激震、歴然たる自明」--ほんの一瞬の出来事でしたが、素晴らしい体験でした。


今回のSL2は、日本では初めての開催。
モンロー研としても、英語以外でプログラムを行うのは初めてとのことでした。
SL2は、SL1と同じF42、F49のフォーカスレベルになります。
名前も同じスターラインズですし、2は1の延長線かな?と思って参加しましたが、違いました。
プログラムの内容も違いますし、何よりも自分の体験がまったく違っていました。
スターラインズの大きなテーマの一つは、「内宇宙と外宇宙は同じ」です。
「内の如く、外も然り(As within, so without.)」。
私の印象としては、「SL1が外、SL2が内」という感じでした。

スランプ

初日から、私は戸惑っていました。
いつものように海のそばのあばら屋の庭先で準備のプロセスを行い、PICコードを使ってフォーカスレベルを上がっていく。イマジネーションを駆使してヘミシンクの世界に入っていく・・・。
しかし、何かピンとこないのです。
たしかに、プログラム通りに体験は進んでいくのですが、どこか他人事のような感じがしていました。

何か変だ。何かが違う・・・。

セッションのたびに、いろいろ試してみました。しかし、ヘミシンクを始めてから培ってきたさまざまなテクニックが、まったく使えない。通用しない。手ごたえがないのです。
「捨てセッション(?)」と称して、何本かは爆睡しました。
しかし、起死回生の次のセッションでも、何かが違う、という違和感が拭えません。

初心者に戻ってしまったような感じでした。

開き直り

そうこうしているうちに、4日目。

諦めました。
抵抗するのをやめました。
努力を放棄しました。

アクティブにイマジネーションを働かせる、というテクニックを、投げ出しました。

そうすると、何もやることはありません。
波の音が始まったら、海の上に漂っているつもりになりました。
しばらくすると、レゾナントチューニングの音が聞こえ始めますが、自分では何もしません。ただ聞いているだけです。
エネルギー変換箱も、アファメーションも、リーボールも放棄しました。
ただ漂っている。
PICコードを使ってフォーカスレベルを上がっていくことも、F27のモンロー研にも、地球のコアも、自分から積極的にイメージして行くことはしません。
ただ漂って、ヘミシンクの音に身を任せることにしたのです。

4日目の午後からは、このスタイルにしました。
「今回は、これでいいや」と開き直りました。

自分からは何もしない。
ときどき眼を開けて、天井を見つめます。
ナレーションの声には耳を傾けています。

すると、次第に、体験が鮮明になり始めました。
霧が晴れて、景色がはっきり目えてくるような感じ・・・。

その瞬間がやってくる

最終日、5日目の朝一番のセッションでした。
その瞬間がやってきました。

F42の「ポータルルーム」で、スクリーンに映し出される映像に見入っていました。
西部開拓時代のような殺伐とした砂漠地帯の画像が、パシャ、パシャ、と続いていました。

異変に気づきました。
何か変だ。
でも、何が変なんだろう。

注意してみると、
ゴォーッ、グヮーッ、ガーッという轟音がしていました。
耳から聞こえると言うよりも、全身で音を感じているようでした。

そのあと、突然として、グラグラしてきました。
地震です。
揺れはどんどん大きくなってきました。
グラングランしています。

「そろそろ『地震です。非難してください』というホテルの館内放送でも始まるのではないか」などという考えが浮かんできました。
それほどの大揺れでした。

グワングワングワン・・・。

しばらくすると、揺れは、次第に、小刻みな振動に変わってきました。
ブルブルブルブル・・・。ブルブルブルブル・・・。

その時になって、始めて気がつきました。
「あ、これは、私自身が揺れているんだ」。
しかも、エネルギー体が。
この轟音と震動状態は、典型的な体外離脱の前兆ではないか?

突然、頭から尾てい骨まで、体の中心線を稲妻が走ったように感じました。
ビリッ!
同時に、体の中心線に沿ってギザギザの線が描かれているような生体マップがみえました。

その瞬間、ボンッ! と離脱感がありました。
急に肉体感覚がなくなったのです。
「出た!」と感じました。
ボンッ! と飛び出したような感じでした。

と同時に、何かがスッと体の中に流れ込んできたような気がしました。
それまでの振動・轟音に比べると、それは、とても微妙な感覚でした。
あるいは、何かが自分の体から出ていったのかもしれません。
とにかく、何か、微妙な変化がありました。

「手元のボタンを押しましょう」というナレーションの声が聞こえてきました。

「えっ?」と意識をそちらに向けた途端!
サッと現実に戻りました。
轟音も振動もなし。
肉体感覚もばっちり。

ああああ。
「もう一度・・・」と思っても、もう二度とやってきませんでした。
ふう。

そのあとは、エクササイズどころではありません。
「今のは何だったんだろう…」と反芻していました。

すると、また異変に気がつきました。
何か変だ。
でも、何が変なんだろう。

ヘッドフォンをしたまま目を開けて、周囲を見回しました。
何かが違う。

天井、柱、壁・・・。
それは、天井のようで天井でない。
柱のようで柱でない。壁のようで壁でない。

それは、天井のようで、実は、私自身。
それは、柱のようで、実は、私自身。
それは、壁のようで、実は、私自身。

ヘンな言い方ですが、そんな感じ。
つまり、全てを「自分だ!」と感じていたのです。

「ワンネス」という言葉は知っていますが、これが、そうなのでしょうか?
一体感? ――文字で書くと、何か現実感がなくなります。
とにかく、「全ては自分だ!」ということが、その瞬間、「わかった」のです。
覚醒? そんな高尚なものでもありません。とにかく、「わかった」。

天井も私、柱も私、壁も襖もテーブルも、私。
「そんなの、当たり前だろ?」という感覚です。
当たり前だから説明のしようがない。
私は、私。
歴然とした、自明の理。

そこに、自分がいる。
そこに、自分が映っている。

セッションが終わった後も、しばらく、ボーッとしていました。
「今のは何だったんだろうなあ・・・」
日誌(ジャーナル)には、ほとんど何もメモしていません。
「地震、轟音、振動」という言葉と、簡単な生体マップの中心にギザギザの線を描いた図があるだけです。

しばらくすると、その時の感覚はほとんどなくなってしまいました。
同室のYoshiyasu君とも普通に会話していました。
ただ、「何だか、もったいないことをしたなあ。もっと体脱を体験したかったなあ」と、そんなことを考えていました。

その日の夕方のセッションは、地球のコア(EC)からF34/35、F49、F34/35、Star gate、TMI/There@F27、EC @F27、F34/35、F42……75分間の長いエクササイズでした。
「次元を超えて、私たちは意識をつないでいくことのできる存在。天と地、向こうとこちら。私たちは多くの生命をつないでいくことのできる存在・・・」

スターゲイトを通過している時でした。
突然、母や父、祖父、祖母、妹のことなどが思い出されました。
それぞれの人生模様が次々と思い浮かんできたのです。
そして、彼らに対する私の想い・・・。

「何で、宇宙の果てまで来て、身近な人達のことが思い出されるんだ! もったいない。もっと別の体験をしたいのに・・・」

地球のコアに戻っても、母のこと、妹のこと、親戚のこと、仕事の人間関係・・・。

「こんなことを地球のコアにまで持ち込んで、どうも、すみません」と謝る。

C1に戻りながら、思ったこと--。
ジャーナルにメモしたことをそのまま写します。

「身近なところから幸せになっていく」
「家族、親戚。悩みがある。問題を抱えている」
「それが、自分の現実。そこから出発すること」
「自分にできることは何か?」
「祈り」

「無理に仲良しでなくても、いいじゃないですか。バラバラでも」

「このグループが、私の現実」
今回のプログラムに参加した人すべてが、私の現実を表している、という感覚。
参加者の、一人ひとりが、自分。
一人ひとりが、自分の「表現」。自分の「投影」。

体験に勝るものはありません

SL2から帰ってきて一カ月以上が過ぎた今、
あのときの感覚は、まったくありません。
残っていません。
一体感もなければ、天井や柱を自分だとも感じません。
周りの人たちを、自分の表現、自分の投影だとも思えません。

通り過ぎてしまえば・・・。
嵐が去ったようなもの・・・。

しかし、「あの体験をした」ということだけは、憶えています。
「私は、あの体験をしたことがあります」
「あの時、私は、そのように感じました」

それは、事実です。

それだけのことですが、それは、事実です。

うまく表現できないのですが、私は今、次のように思っています。

「思いは現実化する」という言葉がありますが、
これは、「願いは叶う」とか「願望実現」といったことではなく、
「自分の思いが、現実を作っている」ということではないか、と。

このことを、私たちは、本当に納得しているかどうか。

「現実は、自分が作っている」
「自分が、現実を作っている」

このことを、心底、理解しているか。わかっているか。

「自分の周りの現実は、自分の心の投影である」ということ。

バシャール、引き寄せの法則、ホ・オポノポノ・・・。
スピリチュアル系の本には、必ずそのことが書かれています。
基本の基本。すべて、同じことを言っています。

「自分は現実に対して100%責任を負っている」

だから、もし、現実を変えようと思ったら、
自分の思いから変えていくしかない。

人のせいにする、環境のせいにする、人が変わることを期待する、環境が変わることを期待する…。
そう思っている限り、何も変わらない。

現実を作るのは自分の責任で、まずは自分の思いを変えていく。
常に自分の心の中の囚われや思い込み、不要な信念、執着などをリリースしていく。
そういうことをやり続けていける人間になろう。
そういう人生を、これからは選択していこう。

「何を今さら、当たり前のことを!」―― かもしれません。

そうなんです。
当たり前のことなんです。
何を今さら、なんです。

でも、本当にそう思っているのです。

たぶん、この方向で間違いない!という確信を持っています。
心の底から確信を持っています。

なぜ、確信が持てるのか・・・。
それは、「あの体験」があったからだと、いま、思えます。

「あの体験」とは何か――。
おそらく、振動とともに「F42のエネルギー」が入っていたのではないか、と思います。
仮説ですが。
別の言い方をすれば、自分のエネルギー体とF42の振動数が共鳴した……。

エネルギーには、「情報」も含まれます。
あのとき、本当に一瞬の出来事でしたが、ボンッ! と飛び出したときに、この「情報」が入ってきたのではないか、と思います。

入ってきたのは、「思いは現実化する」という「情報」――その体感、実感とでもいうべき「真実」です。

(後日談)

私は現在、週二回のペースでヨーガのレッスンに通っています。
SL2から帰ってきた翌々週のことでした。
レッスンが終わり、仰向けになって最後のシャバ・アーサナをやっている時でした。
全身の力を抜き、ヒーリング音楽に身を委ねて数分間、リラックスします。
ああ、眠いなぁ・・・と思った瞬間--ブルブルッと震動がやってきました。
一瞬のことでした。ハッとして目を開けました。すぐに震動はおさまりました。
「あ、これだった」と、あの体験を思い出しました。

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