「我を消して自分を出す」・・・この境地、すごい!です。

Yahoo! ニュースを見ていて、エンタメコーナーで、この記事を見つけました。

ロケ芸人としての地位を確立し、オファーが殺到する「チャンカワイ」さんが、紆余曲折、さまざまな取材体験を通してたどり着いたのが・・・「我を消して自分を出す」という境地。
そして、「パイプ=つなぎ役」に徹するという姿勢。
すごい!です。

あくまでも、ロケリポーターの役割はつなぎ役です。現場とスタジオをつなぐ。現場と視聴者の皆さんをつなぐパイプみたいなものです。このパイプに味があると、例えば、イカ徳利みたいな材質でできてたら、パイプを通る時にイカの味がつきます。

ただ、これが不思議なことに、我を消した瞬間、周りが僕を認識してくださるというか。我をなくしたら、自分が出てきたというか。その感覚が強くなればなるほど、ロケのオファーも増えていったんです。

なぜ「すごい!」と思ったのか・・・。
この境地は、エドガー・ケイシーの『神の探求』に通じるものがあるからです。

 

私たち人間は、何のために地上に生まれてくるのか。それは、魂を高めるため、自分の霊性を向上させるため。その方法論としてケイシーは『神の探究』というテキストを残した。そこには全部で24のトレーニング方法が記されている。1つずつ順番に練習していく。まず最初のステップが、「自己を捨てる」こと。「自分を捨てる」。

「Lose self in Him」・・・神のもとに自己を手放す

その辺のゴミ箱にポイっと捨てるのではない。神のもとに手放す。「神」という言い方は、「ブッダ」でもいいし「宇宙」でもいい。「Something Great」でもいい。自分という計らいを神のもとに投げ出し、神の意思、宇宙の意思に調和して生きる。神のように生きようとする。自分は神の意思/宇宙の意思の「水路(パイプ)」となる・・・そうすることで、「本当の自分」になれるし「本当の自由」になれる。

逆説的です。

自分を放棄したら本来の自分になれる。


ところで、

私がエドガー・ケイシーについて本格的に勉強するようになったキッカケは、この言葉に出会ったことです。
長年の修行の末にこの境地に達するのではない。まず最初に、この境地で生きることを求められる。

私はそれまで、「いずれはエゴを克服することができればいいなあ」くらいにしか考えていなかった。
それが、いきなり、です。
戸惑いました。迷いました。
でも、「やるしかない!」と決めました。
それでも、本当に腹をくくるまでに、1年半、かかりました。
そして、覚悟が定まりました。

覚悟を決めるにあたって、もう一つ後押ししてくれたのは、「カルマ・ヨーガ」でした。
カルマ・ヨーガについては、また稿を改めて。

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